2021-07-28

決して超えてはいけない一線

以前ガネーシャの記事で、手土産を選ぶ際のコツをご紹介させていただいたが、この教えは親愛なる魔術師から授かった物である。

彼からの手土産はいつも変わった物が贈られてくるため、私はいただく度に新鮮な驚きと感動を味わっている。

数年前に、彼が地中海をクルーズ船で旅をした際にも特殊な盃を贈ってくれ、今でも愛用しているため、本日はこだわりの盃についてご紹介させていただこう。

エーゲ海、ロードス島で見つけたとされる「審判の盃」。

その道60年の熟練工によって作られた、ギリシャ伝統の陶磁器だ。

側面に葡萄酒の神「バッカス」が描かれているように、この器はワインを愉しむためのものだが、美しい見た目とは裏腹に恐ろしい仕掛けが施されている。

この盃は「飲みたい夜」に使ってはいけない。

むしろ、酔ってはいけない日にだけ使う儀式的なものなのだ。

おっと、ワインを注ぐ際には注意していただきたい。

器の内側には「決して超えてはいけない一線」が引かれており、欲に溺れた愚か者には天罰が下る仕組みになっている。

勢い余ると盃の底に開けられた「穴」から、注ぎすぎたワインが地面に向かって溢れ出るのだ。

なお、線を超えた分だけが慎ましく溢れると思ったら大間違いである。

盃には、古代の賢人アルキメデスの原理が応用されており、これまで注いだ全ての葡萄酒が容赦無く流れてしまうのだから。

「この楽園では、好きなだけ遊んでいいんですよ。ただし、庭の真ん中にある林檎を食べたら全てが終わりますよ。」というタチの悪い聖書の設定と同じである。

食べたらいけないのであれば、最初から林檎なんて置かないで欲しいが、そういう文句を言えば、神への冒涜として追放されるのだろう。

この盃を受け取った後日、ワインセラーを贈ってくれた魔術師の行動を見ると、彼はエデンの園の状況を作りたかったのかもしれない。

ロミオとジュリエットのように、制限付きの愛が人を燃えさせるように、リスクを負って飲むワインは格別である。

格別なワインが手に入ったときには、審判の盃をひとついかがだろうか。

 

PS(追伸)

Kは、偏屈で気難しい人物である。

それゆえ友達が少ないため、申請してあげると喜ぶに違いない。

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コメント37件

  • 洋二  says:

    Kさん、こんばんは。

    酒を飲もうとするとピーと音が鳴る盃や酒を注ぐと盃の中に描かれた枯れ木が満開の桜になる盃など、今までにいくつかの仕掛け盃は見たことがありますが、今回ご紹介いただいた「審判の盃」は初めてで、とても興味深く拝見しました。

    限界線を超えると一気に流出してしまう中の仕組みはどうなっているのか、自分でもあれこれ図面を描いて想像してみましたが未だに結論には至っていません。

    盃の中央の出っぱりの中に仕掛けがありそうですが、全て陶磁器でできているので、あまり複雑な機構は作れないでしょうし、アルキメデスの原理がどう生かされているのかも含め、興味が尽きないですね。

    今日はとてもよい頭の体操になりました。

  • ☆なが☆nagasan☆ says:

    前略

    Kさん、おはようございます。

    Kさんの伝えたいコトは何なのか?
    いつも
    その視点で拝読させていただいていますが
    今回は
    「仕掛け」と「いたずら心」を私は感じました。
    モノごとには
    ※表と裏があるように
    ※光と影があるように
    ※外と内があるように
    器にも仕掛けを施し作者が使い手の反応を
    もっと言えば
    時代を超えて何百年も何千年もの後の人に「いたずら心」を持って楽しんでいるように私は感じました。

    命に限りはありますが…作品は永遠に残るので
    今回の
    仕掛け付き器を作った作者は永遠に「いたずらっ子っぽい」顔をしながらニヤリとしている姿を
    私は感じました。

    私も
    そんなトコロに気がつき
    そんな作品を作ってみたくなりました。
    Kさんのモノに対する愛と惚れ込む恋心に感服しました。

    ありがとうございます(^_^ゞ

    なが

  • ちなみ says:

    Kさん、こんばんは。
    今回も素敵な記事をシェアして頂きありがとうございます。

    審判の盃。初めて聞きました。
    一線を超えるとワインが溢れて出てしまう。
    自分の欲と戦わなければならないですね。

    わたしは自分の欲にすぐに負けてしまう
    ところがあります。これから改善していかなければならないところだと感じています。

    私も一度手に取ってこの盃でワインを
    試飲してみたいです。

  • ショウ says:

    制限があるからこそ楽しめる、超えてはいけない一線が見えているからこそスリルが味わえます!

    お酒が飲みたい人ほど1回で大量に注いでおきたい心理を逆手にとった、とても面白い盃ですね。

    上質な作り物に少しの遊び心がよりその価値を高めているなと思いました。

    K氏にとって親愛なる魔術師が驚きと感動を与えてくれるとっておきのスパイスなのですね。

  • 亜也可.ayaka says:

    溢れるなら、ぎりぎりまで入れて、
    またつぎたせば良いのでは…?
    エデンの園にリンゴをはじめからおかなければ良いように、はじめから飲まなければ良いのでは…?
    そんな考えが過ってしまった無粋者です…。

    アルキメデスが効かせたスパイスで、格別なワインがより極上のものへとなりそうですね。
    無限では無いからこそ、魅力を感じ五感がフル稼動するのかななんて思いました。

    バッカスが見つめる盃を送った後にワインセラーのプレゼント、魔術師恐るべし…。

    グラスに注いでは溢し、飲みつ飲まれつで、服を赤く染める…そんな古代の人々を想像してしまいました。

  • まれすけ says:

    うむむ。
    私は高知出身ですが、地元には「べく盃」という酒を呑み干さなければ置けない盃があります。
    底にちいさな穴があって、指でその穴をふさいで呑み干さなければ酒がこぼれてしまうもの、1合に少し足りないくらいの天狗のお面になっていて、その鼻を持って呑むもの、糸底がついておらず自立しないものなどがあります。
    要するにベロベロになるまで吞ませるためのもので、ご紹介していただいたものとは発想が全く逆です。
    ただ、べく盃は一人では使いませんね。
    そういう意味では、ワインを一人静かに楽しむためには、とてもいいものだと思います。

  • 椎名絹江 says:

    今日の『審判の杯』ってなんて素敵なことばでしょう!
    大人の危険な遊び心を得ている❣️
    昔の人も現代人にも洒落たい心粋!
    いいですね!
    私もこの杯で極上のワインを飲んでみたいです!
    どんな感情の変化を愉しむ様は何処の女王になった気分❣️かしら!

    この様な記事を書いていただき本当に嬉しいです。
    これからも知らない世界を見たいです、
    ありがとうございます。

    72歳きぬえです。

  • mitsue says:

    Kさん、おはようございます。

    「決して超えてはいけない一線」なんとも意味深なタイトル…何?何?
    欲に溺れた愚か者に天罰が下る仕組みの「審判の盃」登場⁈

    一線を超えて注ぐと全てが流れる…これは人の人生にも置き換えられますね。
    一線を超えた恋愛、一線を超えたギャンブル…超えてしまうと下手をすれば仕事、地位、家族等全て失うかもしれません。しかしKさんが「リスクを負って飲むワインは格別」と仰るようにこのギリギリ感がたまらないのかもしれませんね。
    一線を守れる人はいつも心の中に「審判の盃」を持っているのだと思いました。

    今回の記事がなければ凡人の私は考えることがなかった「超えてはいけない一線」…考える機会を頂きありがとうございました。

  • shingo says:

    アルキメデスの原理が採用されている
    審判の盃とは恐れ入りました。

    まさしく飲んではいけない日に
    ピッタリのグラスですね。

    酔っている日に勢いで注いでしまったら?
    というのが頭をよぎり、もはや使うのが怖くて
    部屋の飾りとなっていそうです。

    格別なお酒が手に入ったときに
    いつも以上に味わって飲むためのグラス。
    そんなふうに使うとこぼれるかもしれない
    というドキドキ感と遊び心もあって
    何倍も楽しめそうで良いかもしれないですね。

    それにしても、このグラスの内部構造の
    詳細が気になります。

    今夜は眠れない夜になりそうです。

  • Yusei says:

    とても興味深い記事をありがとうございます。

    一線を超えると天罰が下る「エデンの園」

    好きなドラマでした
    『LIAR GAME』『エデンの園ゲーム』
    を不意にも思い出してしまいました。

    いかに禁断の果実であるGOLDとSILVERのリンゴに手を出さずに、
    真実の赤リンゴを手にして、
    人間の欲望に打ち勝てるかというゲームです。

    制限やリスクがある方がスリルがあって
    人は病みつきになってしまうのかもしれませんね。

  • 若菜 says:

    素敵な記事をありがとうございました。

    「審判の盃」、非常に興味深いですね。
    人間の欲が試されているような、まさにエデンの園の禁断の果実のようです。
    してはいけないと分かっているのについ手が伸びしまうだなんて背徳の味ですね。

    それにしても古代ギリシア人の遊び心は面白いですね。
    葡萄酒も大好きだったのでしょうね。
    遥か彼方の昔過ぎて想像すら難しいですが、非常に人間味を感じます。
    今の私たちと同じようにワイワイ騒ぎながら(?)、審判の盃を楽しんでいたのでしょうか^^

    次回も楽しみにしております。
    ありがとうございました。

  • 石黒知行 says:

    葡萄酒の中、為す術もなく佇むバックス神の
    「おいおいやっちまったな…」
    というおおらかな呆れ顔の奥から
    魔術師さんの忍び笑いが聞こえてきそうですね

    学習が活かされない私は、
    皿の葡萄酒をそのまま盃へ戻し
    今度は笑えない状況となりそうです
    「仏様」なら二度まで許容されそうですが…

  • Mariko says:

    Kさん、今回も興味深い内容の記事をありがとうございます!恥ずかしながら・・漢字が苦手な私は、「審判の・・」と読めずにいますが、
    それはさておき、なんとも美しい器です!

    ワインはワイングラスで飲むもの、という概念が変わりますね。一瞬、オモチャ?と思えるような器ですが、「制限付きの器」とは驚きです。論理的に考えられない私が、この仕組みを紐解くのは難しそうですが、感覚的に”超えてはならない一線”を見つけることは出来そうです。
    Kさんのcodawariの所有物は普段目にしないものばかりで、こういった珍しいものがある、と知っただけでも豊かな気持ちになります!

    いつも素敵な記事をありがとうございます!
    次回も楽しみにしております。

  • 康平 kohei says:

    今回も素敵な記事を
    ありがとうございます。

    自然の摂理を1陶磁器にうつす
    この器の作成者の方の想い。

    そしてそれを深く理解された上で
    寄贈された魔術師さん。

    さらにそれを
    私たちにわかりやすくお伝えくださる
    Kさんの文章。

    全て私にとって
    未知の世界観です。

    この世界観をより沢山、
    より深く見て行って

    私自身にもインストール
    して行きたいと思います。

    本日も深い学びを
    ありがとうございます。

  • みゆき says:

    Kさん、こんばんは。

    なんとも興味深い品物ですね!

    私の今まで培ってきた想像力では、どのような仕組みになっているのか理解が出来ず、手に取って見てみたいと思いました。

    こんな面白い仕掛けがある物もあるんだと、世界が広がりました。
    まだまだ知らない世界がありそうでわくわくします!

    ありがとうございました。

  • ケイタ says:

    Kさん

    なるほど!
    『審判の盃』は欲深い人間に対する戒めとして
    人間の体になった神が試練として、作られたんですね。

    私はその超ええては行けない一線すら塞いでしまい、
    欲望のままに飲んでしまいそうで、神を冒涜してしまうのでは無いかと
    想像してしまいまいた。

    このような手土産(もはや手土産では無いレベル)を
    くれるような魔術師にもいつか出会い、
    共に人生を豊かにしていきたいと思います。

  • あめ says:

    何か制限されると何とかして楽しみたい性質な上食いしん坊なので恐らく私なら、ちびちびちびちびちびちびとついでは飲むを繰り返すだろうと容易に想像がついてしまいました。
     
    エレガントな戒めを破壊する食べ物への情熱をまずは戒めたいと思います。

  • 早紀 says:

    Kさん

    エーゲ海の美しい光景が広がり、
    恐ろしいことなど終ぞ考えないように思えるこの国において

    遥か昔からこのような恐ろしい審判の杯が創られたこと、
    また溢れた分だけ流れるのではなく、その全てが流れる
    その仕掛けに加えて驚きのことばかりです。

    陶磁器の模様はどことなくトルコの陶磁器を想起されるものがあり、
    ロードス島に関して、位置も詳細も私には持ち合わせていなかったのですが
    地図を見て自分の中でちょっと繋がるものがあり納得がいきました。
    学生時代から世界が好きなのに世界史を専攻しなかったので、勉強してみたくなりました。

    話は戻りまして決して超えてはいけない一線、よく映画の中に出てきます。
    大抵悪役に当たる方が、もう少し、もう少しと
    宝物を目の前にして欲が出たところで奈落の底に落下、という展開

    好奇心と欲とが、破滅を導く
    物を始め、さまざまな体験が溢れる現代
    欲を出したり流されるままではなく、確と自分自身を律すること
    自分に生かされるか、殺されるか、己にかかってきますね。

    あらゆる戒めとして本記事を拝読しました。
    本日も素敵な時間をありがとうございました。

  • 江畑直人 says:

    Kさん、こんにちは。

    非常に興味深い盃のシェアをありがとうございます。

    “足るを知る”ことの大切さを知っている人が飲用すれば極上の一杯になり得ますが、足る知らない人が飲もうとすれば、たちまち無くなってしまう、物事の普遍的な理を体現している、そんな盃ですね。

    私は居酒屋に行けば、必ずビールの大ジョッキを頼むし、焼肉屋さんに行けば、低質な肉を腹がはち切れるまで食べるのが常でしたが、胃もたれ、頭痛または嘔吐してしまったりするのがオチだったので、今となっては「やり過ぎへの代償」を受けていたんだなぁと、思い返しております。

    やっと反省してきて、27歳になって収まったかな?という感じです。

    今回の記事を読んで背筋が伸びるような気持ちになりました。

  • YUKIE says:

    リアルからネットつながりの時代色が濃くなりつつある現代で、
    再会は密かな喜びのひとときになる。

    魔術師から贈られたという「審判の盃」。
    初めて知った時から、その哲学と科学の虜になってしまった。

    エデンの園の掟をアダムとエバが破ってしまったのを契機に、
    人類は、
    一線を越えてしまう遺伝子を抱えて誕生してしまったようだ。

    アルキメデスと盃を交わしたくなった。

  • 美保 says:

    Kさん、拝読しました。

    こちらのギリシャ盃は、摂理を教えてくれているようですね。

    またバッカスに見られているような感じが、悪さをできない雰囲気を醸し出しています。

    一線を超えると溢れ出す盃を与えたかと思いきや、

    どうぞ、このワインセラーを使い、満足するまでにお飲みなさい。

    などという一見「なんでこんなことするのだ、、」と思われることも、

    Kさんがどのようにこの意味を読み取られ、成長していくか。
    を理解しているからこそされたのだと感じました。

    魔術師の方との、素敵な関係性にもあたたかくなりました。

    ギリシャで直接、その盃を手にしたならば、さぞ感動も大きいことでしょう。
    今回の記事がとても美しかったので、足を運びたい土地の一つになりました。

  • 雄貴 says:

    Kさん、おはようございます。
    本日も興味深い記事をありがとうございます。

    「審判の盃」面白い仕組みですね!
    どんな構造になっているのか、直接見てみたいと思いました。

    普段の生活においても、一つの事を愚直に追求していく事をとても大切ですが、
    どこかで「超えてはいけない一線」があるのかもしれませんね。

    そして今回も魔術師が選ぶ手土産は、遊び心や独特な意味が込められていて、素敵すぎると思いました。

    こういった一つ一つの手土産についても、
    何を渡すか?よりも、なぜこれを渡すのか?

    いつもKさんから教えていただいている、”コンテキストの重要性” を意識していきたいです。

    次回も楽しみにしています。

  • Yuto Ueda says:

    こんな盃が世の中に存在するのですね…
     
    酒豪の旦那さんを持つ全奥様方が喉から手が出るほど欲しがりそうな代物。
     
    これをKさんは日常的に使用されているのでしょうか?
    飲みすぎてしまう自分への戒めとしては画期的かもしれませんが、僕は遠慮したいなと正直思ってしまいました笑
     
    今回は珍しく共感できない記事で、とても新鮮でした。
    こんな日もあるのですね。
    また新たな扉を開いていただけた気がします。
     
    本日も素敵な学びをありがとうございます。

  • 水澤亮也 says:

    Kさん!今日も記事を読まさせていただきました。
    珍しい品物ですね!
    ワインを注いだのに下からワインが漏れてしまう…
    これならワインの飲み過ぎを回避できますね。

    人間の欲というものはタチの悪いもので、どうしても飲みたくなったら飲むまでその欲は治らない。
    けどその品物は人間の欲に、ストッパーをかけてくれる。

    なんとも憎たらしくて、憎めないものですね。

  • 水澤亮也 says:

    Kさん!今日も記事を読まさせていただきました。
    珍しい品物ですね!
    ワインを注いだのに下からワインが漏れてしまう…
    これならワインの飲み過ぎを回避できますね。

    人間の欲というものはタチの悪いもので、どうしても飲みたくなったら飲むまでその欲は治らない。
    けどその品物は人間の欲に、ストッパーをかけてくれる。

    なんとも憎たらしくて、憎めないものですね。

  • Nobutoshi says:

    溢れだしているのもなんかいい感じですね。
    ギリギリのところを試したくなりそうです。

    たしかに制限があるからこそ何とかしようとする気持ちが出るのかもしれないですね。
    ギリギリを試したくなるのはきっと限界値を知正確に知るため。

    ここまではいけるという所を知ったうえで対処する方法を考える。

    いろんな教訓に生かせそうです。

    子ども頃ファンタジー好きだったのでロードス島とかバッカスとか異常に反応してしまいますww

  • 真里 says:

    Kさん、本日も素敵なアイテムをシェア頂きありがとうございます。
    見た目もアンティークとして楽しめそうですが、遊び心のある盃に、拝読しながらニコニコしてしまいました。
    食べちゃダメなリンゴなら初めから置いて置かないで欲しいというのは本当にその通りですね。
    2つの事柄に共通する制限は何故必要なのか、それは欲望という原始的な欲求に人がどれだけ耐えられるのか試す神の実験なのかもしれません。神様は「どうせ食べるんだよね?注いじゃうんだよね?」と、期待しているかと思うと、負けず嫌いな私は絶対欲望に打ち勝って見せる!と意地になりそうです。
    それはさておき、世界には様々な嗜好の物が沢山あるからこそ、この目で見て触れないのは勿体ないですね。
    次回のお話も楽しみにしています。

  • 秀直 says:

    飲み過ぎ、食べ過ぎ、やり過ぎと快楽を求め過ぎると全てを失う戒めのような盃、私も持ってます。

    手に入れた場所は違えど、人間としてきちんとした教えを伝える方法は地球の裏側でもしっかりとあるのですね。

    お酒を飲むのも実は大ジョッキよりも小さなグラスで冷えた状態を繰り返し飲む方がのど越しがいいと感じてます。

    控え目にして上等を味わい、常に慎ましく振る舞うを意識していきたいものです。

  • 貴明 Takaaki says:

    Kさん、おはようございます。
    今回も記事を拝見させていただきました。

    本当に珍しい逸品ですね。飲み物を入れる器であり、飲み物を出す器でもある盃で相反するものを兼ね揃えていますね。

    貴重なワインを暴飲することなく、味わいなさいといったメッセージが込められていそうです。自身への戒めとして最適のようですね。

    次回も楽しみにしています。
    ありがとうございます。

  • なかむぅら(中村) says:

    本日もCodawariの記事をありがとうございます。

    「審判の盃」とは、また神秘的でもあり、遊び心満載であり、魅力的な逸品ですね。

    お酒は日本のみならず、世界中で神事に祀られる特別な存在です。

    お酒の神様バッカスは繁栄と狂乱をもたらすと言われているように、お酒との付き合い方には注意が必要ですね。
    「審判の盃」は時代を越えて、「超えてはいけない一線」を揶揄する、とても面白い逸品ですね。

    急性アルコール中毒で救急搬送された経験のある私にとっては、まさに、戒めをこめて、部屋に飾りたい逸品です。

  • 留莉 says:

    前回のガネーシャの記事で、お土産に対する選ぶ基準に大きな影響を受けました。

    選び方がとてもスマートで読みながら目を輝かせていたことを思い出します。

    いただく度に、新鮮な驚きと感動を味わえるのは素敵ですね。

    見た目がどこか神秘的で、審判の盃という名前がかっこよくてとても惹かれてしまいます。

    少しでも超えたら全部溢れるのは驚きでした。

    いかに飲みたい気持ちを抑えられるかを試されてることが、名前にも現れてますね。

    また新しい世界が広がりました!
    今日も素敵な記事をありがとうございました!

  • 翔平 says:

    Kさん、こんばんは。

    ロードス島には、
    未だに中世の騎士団通りや宮殿が残っている
    歴史博物館があるのですね。

    60年の熟練工によって作られた、
    ギリシャ伝統の陶磁器その芸術品に惹きつけられます。

    アダムとエヴァと同様の行動をしないよう
    リスクを負って飲むワインは、今まで味わったことのない感覚なのでしょうね。
    はやくその感覚を味わってみたいです。

    今回の記事もとても楽しかったです。
    ありがとうございました。

    次回の記事も愉しみにしています。

  • 澤見優子 says:

    Kさん、こんばんは。

    安心感を持って「こぼれないのが当たり前」
    になっている頭をコツンとされたような感覚です。

    先日友人宅訪問時、ついて暫くして食器洗剤を渡され
    「使うならあげる」と言われました。

    友人とは20年来の付き合いなので、

    「頂くわ。ありがと!
    生まれたときから洗剤はあったし、食器洗剤を使うのが当たりと私たちは思ってるけど、使わなくても十分洗えるってことやんね?」
    と伝えました。

    「そ、そ。古くなったTシャツを切って拭き取れば、洗剤なんかいらんっしょ。
    お隣さんが明日引っ越して来るらしくて、さっき持ってきてくれたからさ、
    あげる!」と彼女らしい言葉が返ってきました。

    ブログの内容とはズレてしまいましたが、
    魔術師さんとKさんの素敵な関係性が伝わり
    ニンマリしています。

    明日のブログも楽しみにしています。

  • 肥田全弘 says:

    ロマンがありますね~♪
    遊び心と言いますか…ステキですね。

    わざと、一線を超えたくなります。

    オシャレでかわいいデザインとは裏腹に、悪魔的な仕掛けがまた心を揺さぶられます♪

    今日もこだわりをありがとうございます♪

  • 摩衣 says:

    かの魔術師氏からの、愛のムチ的なものでしょうか。

    K氏のコダワリの日々には、
    自らを律するための仕組みが、随所に施されていますね。

    そしてこの記事のことは伏せておき、
    ドッキリ企画か何かで使われてはいかがでしょうか。
    そして私は、エデンの木陰からひっそり、その様子を眺めたいものです。

  • りゅうき says:

    本日も素敵な記事をありがとうございます!

    審判の盃。
    初めてお聞きしました。

    一線を越えたら、越えた分だけではなく全ては溢れ出すというのは、一種の爆弾のようなものですね。

    ワインを飲む前の段階で楽しめる仕掛け、それをずっと取っておくKさんの管理能力。

    全てに脱帽しました。
    毎度毎度驚かされます。

    次も楽しみにしています!

  • ハヤト says:

    Kさん、こんばんは。

    玩具のようにポップなデザインとは裏腹に
    とんでもない仕掛けが施された品ですね。

    とても面白く、ワイン好きの友へプレゼントしたくなりますが、はたしてこのグラスで飲むワインは美味しいのか。という事が気になります。

    飲み口が厚く見えますが、越えてはならない一線を守り、意識が向いているグラスだからこそ、より味わう気持ちが強くなり、感じ方も変わるのですね。

    人は何か制限を課した方が楽しめると思っているので、これからも自分に厳しく接し、人生を謳歌していきます!

    本日もありがとうございました。

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